カテゴリ
以前の記事
2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
魯迅の「小さな出来事(1920年7月)」という短編小説の始まりは確かこうだった:「私が田舎から都会に出てきてあっという間に6年が経った。この間に自分が見聞きした、所謂国家の一大事というものは数えてみるとかなりあるのだが、私の心には何の跡も残さなかった。。。。」そして魯迅は主人公の身に起こったささやかな出来事を綴っている。
1990年にイタリアから北京に駐在することになってイタリアに残していた全てのものを引き取ったのがほぼ一年前。(その当時はまさかそれからイタリアに帰ることがないとは考えもしなかった。)そのなかにあった中国語の図書でこれから読みかえす機会はおそらくないだろうというものの目録を作り処分することにした。その中には愛読していた香港の「九十年代」という所謂China Watcherと呼ばれる総合雑誌があり86年から90年までほぼ全冊揃っている。だがこの雑誌に数ある記事のどれが一体、私の心に残っていただろうか。 唯一、すっと思い出せたのがが中国訳のミラン・クンデラ「誰も笑おうとしない」(89年9月号掲載、呂嘉行訳)だった。 「私」は大学で美術史を教えている。美術関係の専門誌にも私の論文は掲載されそれなりの評価を得ている。その私に自分の論文を同封し、それが専門誌に掲載されるにふさわしいかどうかの判断を仰ぐ手紙を一面識もないザトレスキー氏が送って来る。一読して一貫性のない、なんの新しい発見もない論文で掲載拒否は妥当だと私も思ったのだがその雑誌の権威に反抗したいこともあって私はザトレスキー氏に返事を書く。そこには巧妙に氏の論文に対する評価は避けたものの終始友好的で交換が持ているような内容にした。 それからザトレスキー氏は私の許にやってきて自分の論文を後押しする推薦状を書いてくれるように請う。私はいかんともしがたくただ彼を避けるためにあらゆる手段を講じる:居留守を使う、講義の時間と場所を内密に変える、私の不在中に私の彼女であるカルラと遭遇したザトレスキー氏を逆に痴漢行為に及んだと罵ることで追い払おうとする、等等。それが結局は私の首を絞めることになる:指定された時間と場所で講義が行われていないのを知った大学側は私との契約を更新しない旨を言い渡す。ザトレスキー夫人は夫を信じているので痴漢呼ばわりしたカルラ(実は私が言い張っただけだが)を逆に訴たえようとして彼女の職場に乗り込みカルラは生きた心地がしない。 二十年前にこの話を読んだ時は共産圏では起こりうる話、いや逆に共産圏ならではの話の筋書きだと思ったものである。資本主義社会では大学の講師が誰と付き合おうが(*極端な例を除いては)別にあれこれいわれることはない。 今、読み返してみると共産圏である背景はただの背景であって「私」という一人の人間のものの観方がこの話の真髄なのだと思われる。「私」はそこそこに地位も名誉もある人物であり若くてきれいな彼女もいる。権力にこびるのも嫌で争いも嫌だ。だからほんの気まぐれでザトレスキー氏に返信をしたのだが、自分の論文の価値を信じ込み掲載されるためにはどんなこともいとわない氏に面と向かって話をする勇気はない。だから私はあらゆる手を使って逃げる。逃げながらこんな目に遭うのは氏のせいだと舌打ちする。そして最後に私はザトレスキー夫人を徹底的に打ちのめす話をしなければならないのである。氏の論文は何の価値もないのだ、と。 ああそうだ「玩世不恭」という言葉を思い出した。「図々しく世間をなめている」という意味である。そういう斜に構えた態度。でもその底に見え隠れするのは傷つきたくない「私」である。「私」は最後に思う:かなりの時間が経って私は自分の身に起きたことが悲劇ではなく喜劇であることにやっと気づいた。少なくともこう考えたほうがまだましな気分になれる。 この短編小説はチェコ語から英語、そして中国語に訳されたものだった。いくつかの翻訳を経ると原文のかなりのニュアンスが蒸発してしまいその元来の魅力が減りそうなものだ。が、初読後20年を経ていまだに私の記憶に残っているところを見ると翻訳可能な人の性の描写は時間や空間を越える力のあるものだった。
by yy-mari
| 2009-03-23 09:54
| 読書録
|
ファン申請 |
||